≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 92
松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 75
「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」 第74
<1989年9月16日>その3
次に明石。源氏は失脚して御所を追われ須磨から
明石へと寓居を移している。明石で美しい箏の名手で
ある明石の入道の娘と愛を結ぶ。やがて源氏が
源氏は山手の女の家へ出かけた。
源氏は京から持って来た琴(註 現在はない 最近復元したという)
を假寓の浜の家から取り寄せて
「では あとであなたに思い出してもらうためにひくことにしよう」
といってすぐれてむつかしい曲の一節をひいた。秋の深夜の澄んだ
氣の中であったから、ひじょうに美しく聞えた。
女もとめどなく流れる涙に誘われたように低い音で
ひきだした。彼女の十三絃の技は現今第一であると
思うのは、はなやかにきれいな音で、聞く者の心も朗らかに
なって 弾手の美しさも目に髣髴と描かれる点などが
ひじょうな名手と思われる点である。 これはあくまでも澄み
きった芸で、眞の音楽として批判すれば一段上の技量が
あるとも言えると、こんな風に源氏は思った。源氏のような
音楽の天才である人が、はじめて味わう妙味であると思う
ような手もあった。飽満するまでには聞かせずにやめて
しまったのであるが、源氏はなぜ今日までにしいても
ひかせなかったかと残念でならない。熱情をこめた
「この琴はまた二人で合わせてひく日まで形見にあげて
おきましょう」と源氏が琴のことを言うと 女は
◎なほざりに頼めおくめる一ことを
つきせぬ音にやかけてしのばん
言うともなくこう言うのを源氏は恨んで
逢ふまでのかたみに契る中の緒の
しらべはことに変らざらなん
と言ったが、なほ この琴の調子が狂わない間に必ず
会おうとも言いなだめていた。
信頼はしていても目の前の別れがただただ女には
悲しいのである。道理なことと言わねばならない。
原文は難解で 国文学者でもない私には恐らく
フランス語と仝じ位むつかしいと思いますから敢えて
訳文を寫しました。
考えてみると今迄Mlle Yumiに送った私の歌曲
は 何等かの意味で私の心象風景を反影している
ようです。
勿論始めから意企したわけでなく昔からの愛の歌は
普遍性をもち 時代も超えてあらゆる人の経験
(尤も恋を知らない人もある)に結びつくので そういう
結果になるのでしょう。
月日 即ち時間の経過は早いようでもあり
おそいようでもあります。 その時の條件によって、
そろそろ5線紙に戻ります。源氏が琵琶の名手(も早 若くない)
の所へいく為の催馬楽を歌う所です。
歌詞が長くて長くて閉口です。源氏の浮気につき合うのも!
藤壺と明石に費した時間の何倍もかかるでしょう
源氏が完成するまで私に時間が与えられるのか
どうか全く考えません。その氣なら1年で仕上げ
られますが、(自分の手すさびの為に書いているだけです)
第一 上演のあてもないし、最も必要な源氏になる主役
さえいないのですから!
En attendant votre lettre qui me donnera beaucoup de plaisirs, je vous embrasse ardemment, ma très chère Mlle Yumi
Je vous envoie mille baisers
Toujours votre tout dévoué
Yoritsuné
(編者注/あなたの手紙を待っている間も私に大きな喜びを与えてくれます。私はとても愛するゆみを熱く抱擁します。千のキスを送ります。いつもあなたに献身的な 頼則)
(編者注/長大な書簡でした。挿絵は必ずしも場面に即したものではありません。ではまた、次回更新時に)。
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