≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 91
松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 74
「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」 第73
<1989年9月16日>その2
何故このような構成になったかというと 本来は
Ⅱ+Ⅲ、Ⅳ+Ⅴ、Ⅵ+Ⅶ、Ⅷ+Ⅸは同時進行する筈です。
つまり歌が伴奏部と考えれば普通の歌曲の伝統的
構成です。
私の考えたことは時間をずらすことです。
当然同時進行するべき2つの要素のうち一つをわざと
後らせて、そこに或る心の行為の無言の重複を企図しています。
ですから5 syllabes なり7 syllabesなりを歌い、回想の意味で
伴奏の間にその内容を演技しても(パントマイムの様式で)
そこで歌の内容の問題が重要となります。
先づ藤壺、源氏が自分の母に似ている帝の寵姫 藤壺に思いを
寄せる。藤壺は体の具合が悪く実家に帰っている。
この当時の貴婦人は侍女とか乳母とかいう仲立ちがなければ
男が近よることは出来ない。以下 円地文子の源氏物語から
抜粋して写します。
ある夜 源氏は王命婦(藤壺の宮の侍女)をおどしたり
すかしたりなさった果てに、命婦も是非ないこととあきらめた
らしく、藤壺の宮にはご相談せず、おやすみになっている
御帳台の内へ源氏の君をお連れに、自分はそっと
その外へ控えていた。
源氏の君はすやすやと寝入っていらっしゃる藤壺の宮
のごようすを、うっとりとしばらく眺めていらっしゃったが、
白の単(ひとえ)の絹を一つだけまとって横たわっていらっしゃる宮
の御寝顔の美しさ、黒い睫毛(まつげ)におおわれた瞼や、
ふくよかな御頬の照り輝き方、唇はまるで桜のほころび
かけたようで、思わず御うなじをそっと抱いてしまった。
みごとな黒髪が御髪箱の中から宮の上身が抱きかかえ
られるにつれてするすると上がってきて、それといっしょに何の香
であろうか、えもいわれぬ香りが源氏の君の香と薫り合って、
ほの暗い帳台の中は、それ自身が大きな花の匂いに包まれて
宮は、夢うつつのうちに、自分と源氏の君とが一つになった
ような錯覚に埋もれて、軽く抗うようにお顔をゆすられたが、
それがほんとうの抵抗でないことは、ご自身にも相手にも
よくわかっていた。こんな場合、多くの女は取り乱すか
頑に拒むかが普通であるが、宮には少しも乱れた
ところもなく、さればといって、君に抱かれることを
厭っていられるのでもなく、まことに素直なうちに
端麗な気品を持っておいでになる。
体と体が近よれば近よるほど、もつれ合えばもつれ
合うほど、藤壺の宮の底知れず深くやわらかく、優しい
女の芯は、源氏の君にとって世にたぐいないものとして、
見てもまた逢ふ夜稀なる夢の中に
やがてまぎるるわが身ともがな
と涙にむせ返って言う源氏の様子を見ると
さすがに宮も悲しくて、
◎世語りに人や伝えん類ひなく
憂き身をさめぬ夢になしても
源氏の君もいつまでも名残りをおしんではいらっしゃれ
ないので 宮の召し物などつくろってあげて、人形でも
寝かすようにお褥の上に横たえてから、ご自分も衣類を
整えて外へ出られた。
((編者注/『源氏物語による3つのアリア』―ソプラノ、笙、フルートと箏のための―(1990)の第1曲が<◎>がつけられた「世語りに人や伝えん類ひなく 憂き身をさめぬ夢になしても」(第五帖「若紫」)。
((編者注/『源氏物語による3つのアリア』―ソプラノ、笙、フルートと箏のための―(1990)の第1曲が<◎>がつけられた「世語りに人や伝えん類ひなく 憂き身をさめぬ夢になしても」(第五帖「若紫」)。
また先に引用された「見てもまた逢ふ夜稀なる夢の中に やがてまぎるるわが身ともがな」も「若紫」にある)。
(編者注/それでは続きは、次回更新時に)。
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