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2015年8月

2015年8月21日 (金)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 81

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 64
(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第63


<1989年5月27日> その2

以上は文学的な話です。以下は音楽的なこと。
この‟催馬楽″という雅楽のGenreの1つはその起源は
朗詠(これは外来音楽が入って来る前のもの)よりも
さらに古く今から約1200年位前にその原型があった
とされています。

(編者注/Genreは、ジャンル。種類、分野、部門)。


P1


当時の風俗歌(当然男女間の情事
などを歌ったのが入ります 更衣のように)を和琴
などのarpègeで伴奏していたのが 雅楽が支那
その他の東洋インドを含めて(仏教伝来の歴史を考えてみれば
その経緯は了解されます)日本に入って来て、雅楽が
在来の古い日本音楽に代って盛になるにつれ
笙、ひちりき、琵琶、箏などの外来管絃楽器を伴奏
に これ等の風俗歌は形式も雅楽風にarranger
されたものと思われます。


(編者注/arpègeは、アルペジオ。分散和音。Arrangerは、アレンジ。編曲)。


 そのような経過をたどって今日では雅楽の重要な
Répertoireに欠くことの出来ないものとなりました。
 従って私の作品では(風俗歌もわかってはいますが)
催馬楽を現代風なTechniqueでDéformerしてあります。
3曲の中で伴奏(Piano)が一番複雑にそして
歌と同様な役目をもっているのもその為です。
 琵琶や箏のFigurationsのEvocationsや笙の
Harmonieの分割された型も出て来ます。


(編者注/Répertoireは、レパートリー。手持ちの演目。Techniqueは技術、技法。Déformerは、デフォルメ。変形。Pianoは、ピアノ。Figurationsは、音・旋律の修飾,フィギュレーション。Evocationsは、喚起。Harmonieは、和音、和声)。


Gakki_pic


 最後に私の声楽作品を通じていえることは
ヨーロッパでは調性が確立されて以来‟楽音“
が固定されたのに反し、東洋では一つの音のまわり
に無数の楽音でない音が存在しています。
それ等の音を採り入れていることです。
いつかお話ししたと思いますが 雅楽では墨譜
といって管楽器や声楽のための特殊な記号
があります。
 例えば ころもがえの始めの所は

Img008
のように書かれています。
(今 手許に墨譜がないので大体の形です)
(音高は文字で記されています)


 私は現行のヨーロッパのスタイルにするために次のように
しました。 ① 歌詞の縦書きを横書きに[左→右] 
   ②音の運動の[右→左]を[左→右]に時間を表す方向にしました。 
   ③曲線の方向は従って墨譜とは逆になります。
(この曲線が音のまわりにある無数の音の流れです)
管楽器や声のこれ等の不安定な現象は 笙、琵琶、箏
のように調律してある楽器には現れません。


これは理論的にはむじゅんしますが 実はこの合理性に対する
非合理性は 私にとって新しい音楽に参加しようとする姿勢の
多数の中の一つではないかと考えています。


Fuzoku


(それではまた、次回更新時に。次回は「その3」です)。

2015年8月 3日 (月)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 80

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 63
(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第62

<1989年5月27日> その1
Ma très chère Mlle Yumi Nara

昨夜は全く思いがけなくTéléphoneからMlle Yumi
の声が聴えてきて
驚きました。


(編者注/Ma très chère Mlle Yumi Naraは、とてもかわいいゆみ嬢。Téléphoneは、電話)。


Kurodenblack_telephone


 嬉しい幸福感にひたったのはMlle Yumiの声が
Paris ←→ Tokyoを結ぶ線から消えてしばらく経って
から。
 その余韻はDebussyの作品の終りに書かれている
Laissez vibrer......のそれです。


(編者注/Paris (パリ)←→ Tokyo(東京)。Debussyは、フランスの作曲家、ドビュッシー〈1862-1918〉。Laissez vibrerは、震えをのこして)。

 このような感情はとっくの昔に過ぎ去ったことと
思っていましたが今の時点で戻ってくるとは!
FaustとMargueriteの魅力で惑わすMephisto
の悪戯でなく angeの恵みであることを祈っています。


(編者注/Faustは、ファウスト。ドイツの文人、ゲーテ〈1749-1832〉が死の直前まで書き継いだ詩劇『ファウスト』の主人公。Mephistoは、ファウストを惑わす悪魔メフィスト。メフィストフェレス。Margueriteは、ファウストが一目見て恋に落ちた少女マルガレーテ(通称グレートヒェン)。angeは、天使)。


Photo


 更衣のphoto-copyが今日出来て来ました。
土曜日なので Lundi le 29でなくては郵送出来
ません。いづれにしろParisのお宅に着くのは
6月始めのお留守の時でしょう。 この手紙と一緒に。


(編者注/更衣〈ころもがえ〉は、Saïbara “Koromogae” 1989 - 1990
Nouvelle version pour soprano et piano。photo-copyは、フォト・コピー。写真による複製。Lundi le 29は、29日の月曜日)。

 更衣の歌詞については友人のフランス文学者で
EssayisteのM.Usamiに調べてもらいました。
いろいろな資料を送ってくれましたが以下に書いておきます。
(抜萃して) 歌詞は歌手にとってinterprétationに必要と
思われますので。


(編者注/Essayisteは、エッセイスト。M.Usami、ムッシュ・ウサミは、仏文学者、宇佐見英治氏〈1918-2002〉。Interprétationは、演奏)。


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‟衣を更(換)えましょう。サァ 貴いお方。
 私の衣(キヌ)は野原や篠原(萩の名所)の萩の花を
すりつけて染めたものです。
サァ 貴い方よ“
(シヤキンタチという呼びかけは他の催馬楽にもあります。
一種の呼びかけかとも思います。)
 というのが大体の意味だそうです。


(編者注/原歌詞は『衣がへせんや しや公達 我が衣は野原篠原萩 の花摺や しやきんだちや』。本によっては「さきんたち」と書かれているものもある)。


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萩の花の咲く季節になったから夏衣から冬衣に換え
ましょう。私の衣は…… と表面的にはそう表現されて
いますが これは一種の文字の上の比喩であって
男に女が「わがきぬ」を着せようという女性からの
誘いであるとも解釈出来ます。


 当時の素ぼくでしかも優雅なÉrotismeを
想像出来ます。
 Érotismeの極致は優雅であることが必須條件
ではないでしょうか。


(編者注/Érotismeは、エロティシズム)。

(この書簡は非常に長いものなので、分割掲載します。
それではまた、次回更新時に)。

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