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2015年7月

2015年7月11日 (土)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 79

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 62
(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第61


<1989年5月11日> その2

 この手紙と昨日送ったTriptyque No.Ⅱ(Shôga)は
多分Parisのお留守のお家に着くでしょう。
 今頃は かつて私が独りで行ったエックス・アン・プロバンス
のあの光と匂のたゞよう夕べのようなmidiにいらっしゃる
頃でしょう。

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Shôgaの歌詞は何のことかわかりません。私はそこに
魅力を感じました。
 i, é,o,ta,chi,té,to,hi,ho,ya,
ra, ri,ru,ré.
 これ等の14のlettersが単独で 或は組み合わされて
使われているだけです。

(編者注/Triptyque No.Ⅱ(Shôga)は、『トリプティーク Ⅱ』(唱歌)。仏語の作品目録の記載は、Triptyque IIb Shôga/Shôga 1989。
Parisは、パリ。エックス・アン・プロバンスは、エクス=アン=プロヴァンスまたはエクサンプロヴァンスAix-en-Provence。midiは、正午。
Shôgaは雅楽の「唱歌」。一定の規則に従って、楽器が演奏する旋律を、奏法の情報を含めて、声に出して歌うための体系を言う。唱歌の歴史は雅楽で始まり、能楽、長唄でも用いられるようになり、近世音楽にも広まった。
 i, é,o,ta,chi,té,to,hi,ho,ya, ra, ri,ru,ré.は、イ、エ、オ、タ、チ、テ、ト、ヒ、ホ、ヤ、ラ、リ、ル、レ。
雅楽を習うとき、まず最初に雅楽の歌を歌う。この歌は雅楽の曲にカタカナや漢字の音をあてはめたもので、この歌を唱歌(しょうが)という。まずはとことん唱歌を歌い、歌えるようになったら楽器を持ち、唱歌とおりに吹く。雅楽は昔からこういうやりかたで伝えられてきた。下図は、龍笛の譜面。カタカナの部分が唱歌でその左側の記号が指使い)。


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 今は3番目のKoromogaéを書いています。
つまり受精卵は私の頭の中の工房に入れられ(その工房は
最も新しいmécanismeとその反対の archaïqueな
装置を何よりもoriginalitéを重んじなければなりません)。
あらゆる角度から少しずつ作られていきます。多分
あと1月(5月1ぱい)はかゝるでしょう。

(編者注/Koromogaéは、更衣。仏語の作品目録の記載は、Saïbara “Koromogae” 1989 – 1990 Nouvelle version pour soprano et piano。
Mécanismeは、機構。Archaïqueは、古風。Originalitéは、独創性)。

 私のさゝやかなatelierのPianoを けしの花のMlle Yumi
のportraitで飾りたいという 私のespoirをかなえて
下さいますか? D'accord ?

(編者注/atelierは、仕事場。Pianoは、ピアノ。Mlle Yumiは、ゆみ嬢。Portraitは、肖像写真。Espoirは、希望。D'accord ? は、はい?。
後年の松平頼則氏の仕事場での写真にはピアノの前面にも、背中の後ろの壁にも奈良ゆみ氏のポートレートが飾られているのが写っている)。

 作曲家にとって自作を自分の好きな演奏家に
interpréterされることは最上のよろこびです。
これは昔から現在まで あらゆる作曲家のRêve
supérieurなのです。 涙ぐましき存在!

(編者注/interpréterは、演奏。Rêve supérieurは、至上の夢)。

Je vous embrasse ardemment, très chère Mlle Yumi
                     < cresc.
en souhaitant votre beau succès artistique.
 
                  Toujours votre tout dévoué
                         Yoritsuné

(編者注/Je vous embrasse ardemment, très chère Mlle Yumiは、私は熱烈にあなたを抱きしめる、とてもかわいいゆみ嬢。< cresc.は、クレッシェンド。
en souhaitant votre beau succès artistique.は、あなたの芸術の美しい成功を望みます。Toujours votre tout dévoué Yoritsunéは、いつもあなたに献身する 頼則)。

  8月を 待っています。


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Guillaume Apollinaire
〝Le Bestiaire″より
(編者注/ギョーム・アポリネール『動物詩集』より。書簡には一篇の詩が添えられていた)。
Illustré par Raoul Dufy
(編者注/ラウル・デュフィ画)

Le lièvre
Ne sois pas lascif et peureux
Comme le lièvre et l’amoureux.
Mais que toujours ton cerveau soit
La hase pleine qui conçoit.

(編者注/堀口大學氏訳。新潮文庫版。
野兎
君は野兎の牡のように 恋する男のように
好色であったり 臆病であったりしては駄目だ
だが君の脳味噌は
胎んでいてもまた胎む
野兎の牝であれ)。

(編者注/拙訳。
野ウサギ

好きものなのに手が出せないなんて駄目だよ
オスの野ウサギみたいに、恋する男みたいにさ
でも、きみの頭のなかは
仔をはらんでおなかいっぱいの メスの野ウサギのようであれ)。


それではまた、次回更新時に。

2015年7月 3日 (金)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 78

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 61
(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第60


<1989年5月11日> その1


Ma très chère Mlle Yumi
誕生日のお祝のCarteとお手紙6日に受け取りました。
けしの花の中の光る翼の天使! Mlle Yumiと
思って毎日眺めています。

(編者注/Ma très chère Mlle Yumiは、親愛なるゆみ嬢。Carteは、カード。松平頼則氏は1907年5月5日に生まれた。満82歳を迎えたばかりの書簡)。

実は2日~6日まで心臓が悪くなり 脈のリズムが

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などゝ気持ちのよくない休止符が入り
原因は学校の階段を昇る肉体的な限界と
(日本流にいうと4階)
そこにいる俗物共との腹立たしい接触です。

そんな時のMlle Yumiの手紙は再び帰らないと
思っていた遠い青春のほのぼのとした夢の感触を
与えてくれ、更に魚男のsurréalismeのTableau
(ミロのような)を見る時の微笑をも もたらしてくれ、
心が安定し 7日からは脈も普通になりました。

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(編者注/魚男は、奈良ゆみ氏が松平氏に送った夢のイメージ。「魚男は、私の夢の中に出て来たペルソナージュです。いろんなイマージュの夢を見るので、そのお話を手紙に書きました」とご教示いただいた。surréalismeのTableauは、シュールレアリスムの絵)。

 このような現象は精神という我々が自律出来ない
或る種の世界があることを知らされ、更にMlle Yumi
の不思議なatmosphèreをも感能させられました。
毎朝仕事の前に繰り返えし読んでいます。
 ありがとうございました。
(編者注/atmosphèreは、雰囲気)。

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昔よく親しんだVerlaine – DebussyのGreenの一節
を思い出しています。
 花と果実と枝の代りに私は3つの歌を捧げ
mon coeur qui ne bat que pour vousに限りなく
近い心境に今いる私、でもこの心のときめきはあの
病的な鼓動ではありません。


 Mlle Yumiの文字から受けたParisのParfum そして
大森のsalonでのinspirationと等質のものです。

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(編者注/Verlaine – DebussyのGreenは、ヴェルレーヌの詩にドビュッシーが曲をつけた「グリーン」。mon coeur qui ne bat que pour vousは、私の心はあなたのためだけに鼓動しています。ParisのParfumは、パリの香り。大森のsalonでのinspirationは、松平頼則氏が1988年4月に初めて奈良ゆみ氏の歌声を聴いた大森山王オーディトリアムでのインスピレーション)。


(それではまた、次回更新時に)。

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