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2015年4月

2015年4月25日 (土)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 75

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 58
(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第57回


<資料/松平頼則氏の文章>1

(前項<1989年10月31日>付の書簡で、松平頼則氏はCD『奈良ゆみ・サティの歌』(FONTEC/ FOCD-3256)のために原稿を依頼されたことを記していた。解説に寄せられた文章を掲載する)。

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奈良ゆみ(Mlle<マドモワゼル> Yumi)のこと
松平頼則


 Mlle Yumiに初めて出会った時、美しい彼女は光る赤い服と香り高い香水の微風で装いながら現われた。私は東京でパリの色と香りに包まれ、エレガントなジェストの彼女の傍にいた。
 私の歌曲を歌ったヨーロッパの歌手達は尠くともピエロ・リュネールを克服していた。私はそんな歌手の日本に現われるのを待っていた。10年、20年、そして遂に35年。そこにMlle Yumiが現われたのだ。しかも私の小さな夢よりも更に未来の栄光への期待を伴って。シェーンベルグに始る現代音楽の幾多の革命や発見。そして今軌道が稍変りつゝある交叉点に彼女はいる。彼女の鋭敏な触角はそれ等の川の流れから磺石を発見し、磨き、演奏曲目(レペルトワール)を増殖する。豊かな表現力と的確なテクニックは天性の美声と演技力と結合し、ヨーロッパの楽壇の第一線に躍り出る。過密なスケジュールで快く疲労し、忽ちフェニックスの様に蘇える。私はヴァイルとサティの“愛を歌う”彼女を聴いた。彼女は官能的に或時は悲しげに旋回し、曲目がサティに移ると、私は最早熱いルツボの中にいた。一流品の饗宴だった。


(編者注/「尠くとも」は、すくなくとも。同じく「ピエロ・リュネール」はアルノルト・シェーンベルク〈1874-1951〉の作品『月に憑かれたピエロ』〈1912〉。シュプレッヒゲザング(語るように歌う=抑揚のようなメロディーが伴う、歌うような語り)によって詩を「歌う」無調音楽。
「稍変りつゝある」は、やや変わりつつある。「磺石」は、こうせき、鉱石。
ヴァイルは、クルト・ヴァイル〈1900-1950〉。サティは、エリック・サティ〈1866-1925〉)。


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 そうだ! サティのユーモアは軽くない。抒情は甘くなくて苦いのだ!
 私はほんとうのサティを聴いた。“エンパイア劇場のプリマ・ドンナ”の後、辛辣で皮肉に充ちた“エリゼ宮の晩餐会”で引用されたラ・マルセイエズに彼女が与えた劇的な表現程、見事な演奏を聴いた事がない。彼女はサティの引用の魔術の種明しをしたのだ。カフェ・コンセール風のサティには快楽や悲しみの蔭に苦(にが)くて高度な芸術性が変装してひそんでいる。彼女の聡明な感受性はそれを見逃さない。しかもパリ特有の夜の色と香を同伴することも忘れない。それ等は15年に及ぶ彼女のパリで体得した芸術の高価な蓄積の一例に過ぎない。


(編者注/“エンパイア劇場のプリマ・ドンナ”の原題は、La Diva de 《l’Empire》。
“エリゼ宮の晩餐会”は、Un dîner à l'Elysée)。


 ユマニテ紙は“彼女は作曲家を必らず、とりこにしてして了う。メシアンに可愛がられ、デュサパンやチェン・ダオは彼女の為に曲を捧げている。”と書いた。サティや当時若かった六人組達に霊感を与えたジャンヌ・バトリを思い出す。彼は彼女に捧げる為にソプラノとピアノの作品を書いた。


(編者注/メシアンは、オリヴィエ・メシアン〈1908-1992〉。デュサパンは、パスカル・デュサパン〈1955-〉。チェン・ダオは、グエン・チェン(ティエン)=ダオ〈1940-〉。
ジャンヌ・バトリは、Jane Bathori,。ジャーヌ・バトリ〈1877‐1970〉。彼女の歌声は初期のSPレコードに刻みつけられ、現在に残った。ラヴェル『博物誌』、ドビュッシー『ビリティスの三つの歌』『雅なる宴』、『月の光』など)。


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彼女はよく夢を見る。(しかも演劇的な要素のある。)魚の下半身が鼻の代りに生えている男が笑うと尾びれがひらひら動く魚男や、彼女自身《水の星衣》をまとって、星のきらめく夜、アシの茂みで優しいためらいと微笑ましい大胆さを秘めてまどろむナンフに変身したりする……。
 私はそこに彼女の魅力的な芸術の演技性と表現性との結合の原型を見る。
 フォンテックが奈良ゆみによるサティの歌曲全集(含未完)を出すことは、本物が市場に現われるという最高の価値ある企画だと思う。


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(編者注/松平頼則氏は1988年4月に初めて奈良ゆみ氏に会った。歌声を聴いたのは、大森の山王オーディアムでのこと。
<1996年11月25日>の書簡から引用する。
 『始めてYumiを聴いたのは、大森の小さなホールだった。Satieを聴いて、実はひどいショックを受けた。
 私の記憶の標本箱の中の展翅されたSatieとは、あまりに違っていた。
脂切って、力強く、一言一言のFrance語がアクセントを持ち、時に微細なpauseを持ち......生きていた!飛んでいた!
私は始めYumiのParis滞在の時間による……
その後、幾多のSatieのChansonや、Poulancの軽い明るい悲しみをきくにつれ、Yumiのこうした歌に対する表現というものは、人生の機微や人生の哀楽に裏づけられていることを感じた』。

さらに<1988年5月14日>付の項には、奈良ゆみ氏の文字で「初めて」とあり、奈良ゆみさんに尋ねたところ、次のような回答を頂いた。
<「初めて、 とあったのは、この手紙が松平先生から初めて戴いた手紙という意味でした。
『奈良ゆみ様
前略 頼暁からの紹介で拙作をお送り致します。実は何十年!も前から奈良さんのようなrepertoiresを持つ日本の歌手を探していました。もし私の作品でお役に立つの)。があれば望外の幸せです。年代順に並べてみます。...』
とあり、(上の横文字はレペルトワール、レパートリーです)6つの作品について、それぞれの説明が記されていて、その楽譜をパリにお送りします、よろしくお願いします、と書かれています」。>
この時代はFaxではなく郵便での書簡のやりとりだったとのこと。だから、松平頼則氏は毎日郵便受けのポストをのぞかれていた)。


(それではまた、次回更新時に)。

2015年4月14日 (火)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 74

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 57
(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第56回

<1989年10月31日>

Ma Chérie! Mlle Yumi!
(編者注/私の愛おしい人! ゆみ嬢!)


Narayumi_satie


とうとう10月も終りました。
毎日Posteのぞきに明け暮れています。
きっとスケジュールが一杯だと思い、それは私の
いつも願っているMlle Yumiのsuccèsに直結して
いるものと思って、あきらめています。
 でも ほんとはとても淋しいのです。
やはりParisとTokyoは あまりに遠い。

(編者注/Poste はポスト。郵便受け。Succèsは、成功)。

SatieのDisqueは 11月25日に発売になる由。
Fontecからの原稿の注文は 内容:奈良ゆみの歌唱、
キャラクター等についてご自由にお書き下さい。2~3枚
というものでした。Mlle Yumiの気に入るように書けたか
どうかとても心配です。

(編者注/SatieのDisqueは、作曲家エリック・サティ〈1866-1925〉の作品が収められた音盤。CD。FOCD-3256)。

 cassetteをもらいました。朝から晩まで毎日聴いて
います。自分の曲のcassetteだってこんなに聴いたこと
はありません。特にles dîner à l'Elyséeは実に面白い!
Mlle Yumi の演戯が目に浮びます。思わず笑って
しまい、Trois mélodies de 1886の美しい歌唱では涙が出て来ます。

(編者注/cassetteは、カセットテープ。磁気テープメディアの一種
で音源を収録・再生するために当時は盛んに使われた。松平頼則氏の手元にはCD発売に先立って試聴用のカセットテープが送られていた。
les dîner à l'Elyséeは『エリゼ宮の晩餐会』。Trois mélodies de 1886は『1886年の3つの歌曲』)。

Mlle Yumiの美しい声と表現と解釈には 今更
これ等のSatie の歌曲の演奏をきいていると 私は真珠の粒の連っている
ネックレスを思い出します。どの真珠も燦然と輝いています。
作曲家を悩ます音域(高、中、低)のどれも美しい。


Nara


お送りしたかと思いますが)copy 出来次第お送りします。
内容は12音技法によるもの(建築家の説によって影響)
催馬楽風なもの(山城) 謡曲風なもの 筝曲風なものなど
が配置してあります。
 Mlle Yumiによって私の作品が演奏されれば まさに
作曲家みょう利につきます。
 11月28日の“二星”の運命が今から気がかりです。
演奏ではなく 作品そのもののこと。
 Piano伴奏にするのが不可能なもの2,3を除いて
私の歌曲は殆どお手許にあります。

(編者注/『二星』について書かれている。松平頼則氏が奈良ゆみ氏のために書いた初めての作品。CDでは「松平頼則作品集 I」(ALCD-39)に収められている。ピアノは野平一郎氏。この作品について書かれた奈良ゆみ氏からのコメントを引用させていただく)。



Yumi


「”二星”の作品について書かれていますね。この曲は、私に初めて書いてくださった作品です。
さっそく11月28日のラジオ・フランスでのレクチャー・コンサートSoirée Japonaise - ”Carte blanche à Yumi Nara” でプログラムに入れ、
Jay Gottlieb(ジェイ・ゴットリーブ)のピアノで初演しました。*carte blanche は辞書では白紙委任状とありますが、これは演奏者にプログラムを委せるという内容のコンサートで、当時はよくこの形式のコンサートがありました。


ニ星 は後に、CD松平頼則声楽作品集Iで、野平一郎さんのピアノで録音しています。
(この夜は、モーリス・オハナのモノオペラ”Trois contes de l'honorable fleur"(三つのお花の物語)も歌っています。野平一郎さんも同時に弾いておられます。)
*お花 はオハナとかけてあり、日本の民話を想像したもので、元は平山美智子さんの為に書かれ彼女が初演した 作品です。


レクチャーコンサートには、岸康一、細川俊夫、メシアン、松平、ドゥクースト(これはこのコンサートの為に委嘱した曲)、ダオがあります。
元々は、このソワレは松平の初演ではなく、廣瀬量平さんの曲”花妖”とタイトルまで決めておられたのが、彼はご自分から私に書きたいと云われてこのコンサートにプログラミングしたのですが、とうとう書けなく、急遽、松平頼則の"二星”を代わりに入れることになったのです」。


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 では お目にかかれるのを楽しみに。心から!
そしてDebussy et Satieを聴くのをたのしみに。
もしかして時間が(Mlle Yumiの)許せば 私の作品
(Thème et variations ― Aki Takahashi)(Piccolo et Perc.)
を聴いていただけるかもしれないことを楽しみに!

(編者注/Debussy et Satieは、ドビュッシーとサティ。1989年12月16日、津田ホールで行われた奈良ゆみ氏のリサイタル。ピアノはジェフ・コーエン。
(Thème et variations ― Aki Takahashi)(Piccolo et Perc.)は、ピアニストの高橋アキ氏の演奏による『主題と変奏』(ピッコロと打楽器)。上演日時は不明。ご教示頂ければ幸いです)。

Je vous embrasse de tout mon coeur et je vous envoie mille baisers.
(編者注/私は心のすべてであなたを受け入れ、私はあなたに千のキスを送る)。

Toujours votre tout dévoué
Yorituné
(編者注/あなたにつねに献身して。頼則)。



(それではまた、次回更新時に)。

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