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2014年3月

2014年3月31日 (月)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 37

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 21
(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第20回)。


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<1998年10月3日>

『宇治拾帖』 原則として34曲全部Listeの順序通りrealiser したいのですが、
都合でNo.5(匂宮) No.6(浮舟) No.27(浮舟)、この3曲は省略してもよいと思います。
所要時間が2時~2時1/2位になりそうなので。
Thémeは、浮舟という美しい女性を通じて
 肉体 ② 精神 との相克  ③ 現世からの離脱
          ↓    ↓           ↓    
       匂宮    薫                       宗教
を展開しようとするものです。
背景は時間(平安朝時代の)であって、あの当時は宮中で
雅楽と同時に声明が行われた様で、
この私の『宇治拾帖』の中では
 催馬楽 ② 朗詠 ③ 声明 ④ 京遊び 等の当時の音楽的構成にそって。

(編者注/Listeは、リスト。realiserは、現実化だが「作品化」のほうが判りやすいか。2時~2時1/2位は、2時間から2時間半。Thèmeは、テーマ)。


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<1998年10月17日>

今日、Overture 終わりました。
これで予定していた『宇治拾帖』の曲、全部すみました。
とうとう一応すんだわけ。
後は整理が大変でしょうが、grâce à toi!
Melisandeの成功を祈っています。

(編者注/Overtureは、序曲。grâce à toiは、おかげさまで。あなたのおかげで。Melisandeは、ドビュッシーのオペラ『ペレアスとメリザンド』のメリザンド。1998年12月16日、ジャン・フルネ指揮東京交響楽団の演奏で、奈良ゆみ氏はこの役を歌った〈東京・サントリーホール〉)。


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<1998年10月24日>

「つれづれと」は『宇治拾帖』の17曲目になる。
『宇治拾帖』は34曲からなる組曲である。



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(松平頼則氏手稿/奈良ゆみ氏所蔵)

<1998年11月3日>

昨夜、思いがけなくTelでYumiの声を聴き、心ときめきました。
誰の声でもなく、Yumiの声だけに心ときめくのです。
その延長線としてPremier audition を始めとし
(若しあるとすれば)その後のtoute les auditionsの
droit をYumiのdroit(権利)とするものです。

(編者注/Premier auditionは、最初のオーディション。toute les auditionsは、公聴会を通じて、という訳ができる。全体のオーディションとも)。



(それではまた、次回更新時に)

2014年3月24日 (月)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 36

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 20
(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第19回)。


<2000年9月11日>

古今集 ― Debussy
Fuki 今までの書法を変えざるを得なく、
あのような別のstyleをとりました。
とにかく今日はよろこびで一杯です。
生命がYumiと会える11月、そして5月、更に11月に残っているといいのですが。

(編者注/『古今集』は1939-45の作品。前項<2000年9月1日>の奈良ゆみ氏のコメントに詳しい。2014年3月現在、全音楽譜出版社から入手可能なのは『日本歌曲集4』で、複数の作曲家の日本歌曲のアンソロジーのなかに、『古今集』から「4 きりぎりす」(藤原忠房)と「8 川の瀬に」(紀友則)の2作品が収められている。
 『Fuki』 は「菜蕗」(ふき)と書き、その原曲は八橋検校(1614 – 1685)作曲。箏伴奏の〈越天楽歌物(うたいもの)〉が組歌形式の歌曲に発展したもの。歌詞は「源氏物語」「和漢朗詠集」などから採られている)。


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(松平頼則氏手稿/奈良ゆみ氏所蔵)

<2000年11月31日>

私の晩年は、肉体的にはひどいものです。
しかし、絶望するほどではありません。
だまって たえていればよいのです。
Yumiの愛が遠くから見守ってくれます。



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(松平頼則氏手稿/奈良ゆみ氏所蔵)



<1998年10月12日>

私のCDに私は失望しています。
昔の作品には心を打つ何かがない。
あの中のPortraitなどは失敗作ですね。
数学じゃないんだからMr.Takejimaもあの曲には失望したようです。

Yumiと識合ってから、たしかに私の作品は変化した。
動物学的見地から云うと、自然は私がYumiと識合った時から
本能的な目に見えない何物かを与えて私を引っぱっていく。
人はそれをinspirationとよぶ。

私はYumiにだけ打ちあけるけれど、その何物かを感じている。
ただもう時間がない。夜毎の排尿の苦しみや 、それとは別に腰、脚や胸の痛み、
それらをpour un peu pousser して、私は仕事をする。



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(編者注/私のCDとは1998年9月25日発売の『松平頼則作品集』(フォンテックFOCD2542のこと。『フィギュール・ソノール』『舞楽』『 神聖な舞踊による3つの楽章のための変奏曲』『春鴬囀』とportrait『ポルトレ』の5曲が収められている。
松平氏は自己の作品にきわめて厳しい作曲家で、奈良ゆみ氏に書き送った作品も幾度も廃棄され、書き直された末のものだ。このCDは重要な作品が収められている。1963年録音のマデルナ指揮『舞楽』は松平頼則作品の演奏史の記録として残しておきたい。
Mr.Takejimaは、このブログの前書きにあたる奈良ゆみ氏の『想い出が翼を拡げるとき』に「うなぎやのおやじさん」と紹介されていた竹島善一氏。ある機会に店を訪れた松平氏のことを竹島氏はいっぺんに好きになり、それ以来、松平氏の話相手に、そしてかけがえの無い友になった。
奈良ゆみ氏のご教示によれば、竹島氏の音楽への愛は大変なもので、そして同時に40年以上前から会津に通い風景の人々の写真を撮り続けておられた。それが、何年か前から写真集になったり、展覧会が催されたりしているとのこと。
Inspirationは、インスピレーション。霊感。
pour un peu pousserは、少し無理をして)。


(それではまた、次回更新時に)。

2014年3月17日 (月)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 35

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 19
(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第18回)。



<2000年4月27日>
「Fuki」
今第5章に入るところです。
八橋検校について

<2000年7月17日>
八橋検校のこと

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(編者注/八橋検校は、やつはし・けんぎょう(1614-1685)。現在に至る筝曲の基礎を作った音楽家。名は城秀。検校は中世・近世の盲官(盲人の役職)の最高位の名称。江戸時代には地歌三弦、箏曲、胡弓楽、平曲の専門家として、三都を中心に優れた音楽家となる検校が多く、近世邦楽大発展の大きな原動力となった。
八橋検校は、楽器や奏法の改良、段物など楽式の定型化をはたした。代表作に組歌の『梅が枝(うめがえ)』、『菜蕗(ふき)』、『心尽し』、『雲井の曲(くもいのきょく)』などがあり、また、段ものの『六段の調』、『乱(みだれ)』(乱輪舌[みだれ りんぜつ])など)。
(余聞/京都の銘菓「八つ橋」は八橋検校の死後、その業績を偲んで、箏の形を模した堅焼き煎餅が配られたといわれ、それが始まりとされる。1689年、聖護院の森で琴型の煎餅の製造・販売が始められた。1912年に「聖護院八ツ橋」は商標登録されている)。


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<2000年6月22日>
人生は晩年つらいものなのですね。
Messiaen が前立腺の手術後、4時間に及ぶOperaを作曲したのは驚くべきことです。

(編者注/Messiaenはフランスの作曲家、オリヴィエ・メシアン(1908-1992)。Operaは、『アッシジの聖フランチェスコ』(1975-1983)。台本はメシアン自身によるもの。小澤征爾が初演の指揮をした)。
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<2000年9月1日>
Messiaen Festivalで歌ってくれて、ありがとう。
古今集 オリジナルは、Bonneauの歌詞に作曲したので、原曲で歌ってくだされば、作曲家として嬉しいのです。


(編者注/この項目について奈良ゆみ氏に詳細をお尋ねしたところ、早速ご教示頂いた。下記に引用させていただく。
『メシアン・フェスティヴァル(Festival Messiaen au pays de la Meije)は正式にはメシアンのゆかりの地(お墓も近くのプチシェというところにある。彼の別荘があり夏はメシアンはそこで作曲していた)、フランス、グルノーブルのアルプス山岳地方にあるラ・メイジュの山(La Meije−3989mの高さ) の麓にある村、ラ・グラーヴ( La Grave)で毎年夏に開かれています。私は2001年7月28日にリサイタルをしました。
プログラム/メシアン:天と地の歌 Chants de Terre et de Ciel, ドビュッシー:忘れられし小唄Ariettes oubilées
松平頼則;古今集、朗詠(ラ・グラース ー 7月の詩)でピアノはイリナ・カタエヴァIrina Kataeva。
その後2007年にも招かれて、そのときにはメシアン;ミのための詩、と松平だけのプログラムでした。
松平を入れることは、私から申し出たのではなく、このフェスティヴァルのディレクターからの提案でした。メシアンが、七つの俳諧の中の一曲を松平に献呈しているということもあると思いますが、松平の音楽をとても好きでいらしたようです。
この先生の手紙は、過去形の様ですが、私が翌年にこのコンサートが決まったことをお知らせしたことに対してです。
ご参考までに、2007年の時の私のサイト(最新情報の欄)にあるお知らせです。

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(編者注/続き。奈良ゆみ氏は『古今集』を2001年と2007年に歌っておられるとのこと。
また、Boneauについては、
『Georges Bonneauジョルジュ・ボノー, とスコアの表紙にあります。
全音から出ている歌曲集には、仏語の歌詞は付いていなかった筈ですが、頼則先生からは、1991年に(多分全音出版のスコア)仏語の手書きを加えた譜面を戴いています。譜面には le 10 octobre 1991のサインがあります。
ボノーのことをネットで調べました。詩人というよりは、翻訳,訳詩家のようですね。
特に日本の文学を、夏目漱石や、安部公房も訳していると記してあります』。

(それではまた。次回更新時に)。

2014年3月10日 (月)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 34

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 18
(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第17回)。



<2000年1月10日>

……Yumiに対する私のL’amourは、ほんとうに貴重なものです。
私は大切にしたいと思います。作曲はその證明のようなものです。
(編者注/L’amourは、愛)


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<2000年3月3日>

今日やっと「菜蕗」の歌の部分の下書きが終りました。
未だちゃんと整理をして箏のパートの編曲もしなければならないので完成はずっと先になるでしょう。
Fukiのスコアつづく
歌詞について訳など

(編者注/「菜蕗」(ふき)の原曲は,八橋検校(1614 – 1685)作曲。富貴,蕗,布貴などとも書く。《越天楽(の曲)》ともいう。箏伴奏の〈越天楽歌物(うたいもの)〉が組歌形式の歌曲に発展したもの。歌詞は「源氏物語」「和漢朗詠集」などから採られている)。



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<2000年3月29日>

……ところでFukiは全部廃棄しました。
第一からやり直しです。
……完成には時間がまだかかるでしょう。
長いこと=分量の多いことは、しんぼうすれば時が解決してくれる。
ただ与えられた時間が充分にあればという前提が存在するけれど。

Yumiは軌道に乗っているartisteです。
声の質、interprétation、時間より速い表現力の予感で総ては完全となる。
私は日本の“成せばなる″という偽りのそそのかしは大嫌いです。
Artisteは何処かから与えられたものを持っているのです。未だ私達には分らない不思議(ではない)現象が宇宙にはいっぱいあると思います。
Fauréは成功するでしょう……

(編者注/Fuki、八橋検校の組歌『菜蕗』は全体が七歌から成る長大な作品。Artisteは芸術家。interprétationは解釈。Fauréはフランスの作曲家、ガブリエル・フォーレ(1845 – 1924)。


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(松平頼則氏手稿/奈良ゆみ氏所蔵)

<2000年4月3日>

Fukiは難行しています。
体調がよくないので。

<2000年4月25日>

体調が悪く譜面を書けませんでした。
Fukiをabandonnerしようかと思いました。
でも作曲を止めたら、私は年老いた病人にしかすぎません。
......Fukiの作曲法......
Zerboniから売上表

(編者注/abamdonnerは、捨てる。Zerboniはツェルボーニ。イタリアの楽譜出版社 Edizioni Suvini Zerboni。1956年の「フィギュール・ソノール」、1957年の『右舞』、1959年の『舞楽組曲』、1962年の『舞楽』など、ツェルボーニから出版された松平頼則氏の作品は数多い)。


(それではまた、次回更新時に)

2014年3月 3日 (月)

≪声の幽韻≫松平頼則から奈良ゆみへの書簡 33

松平頼則氏に関しての奈良ゆみさんの所蔵する手稿など 17

(「松平頼則氏から奈良ゆみさんへ送られた手紙Fax」  第16回)。


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(松平頼則氏手稿/奈良ゆみ氏所蔵)



<2000年2月10日>

……何しろ私にはYumiのimageが明らかに目には見えなくても見えるし、
耳には聞こえなくともきこえてくるのです。
何か神秘な幻が私を守ってくれます。
毎度のangoisse(つづり忘れた)のそのすき間をねらって作曲の方法とやり方を考えています。
(編者注/Yumiのimageは、ゆみのイメージ。Angoisseは、不安。つづりは表記の通りのフランス語)。

<2000年2月18日>
雪の誕生日は3月18日
(編者注/雪は、松平頼則氏の奥様である松平雪氏のこと)。

<2000年2月14日>
今 自分を責めています。


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(NAXOS 8.55582J。2014年3月の時点で購入可能な『ピアノとオーケストラのための主題と変奏』が収められたCD。大阪センチュリー交響楽団 指揮/高関健 ピアノ/野平一郎)


<2000年3月24日>

今CDを整理していたら Thème et Variation d’après Etenraku の今迄で一番いい演奏として心に残っていた10年前の演奏がみつかりました。(今迄忘れていました)。……
Chef は私が好んでいる Ken Kozeki
                       Piano – Aki Takahashi

(編者注/Thème et Variation d’après Etenrakuは「越天楽による主題と変奏曲」だが、一般的な名称は『ピアノとオーケストラのための主題と変奏』(1951)。
主題は雅楽の盤渉調越天楽から取られている。1952年ISCM音楽祭の入選作で、同年6月29日にザルツブルクで初演。ピアニストはエヴァ・ヴォールマン、エットーレ・グラチス指揮ウィーン交響楽団。カラヤンは同年11月にウィーンで演奏し、1954年の来日時にはNHK交響楽団を振って演奏した。彼が振ったただ1曲の日本人作曲家の作品になった。
Chefは、ここでは指揮者。Ken Kozekiは、高関健氏。「たかせき・けん」と読むところを「こうぜき」と松平氏は読んでいた。Aki Takahashiは、高橋アキ氏)。



<2000年2月26日>

Sonata pour Piano について
……私には新しい世界が来るような気がしてい(ます。
Fuki の元の曲の譜面も送ります。
(編者注/Sonata pour Pianoは、ピアノ・ソナタ(1949)。Fukiは「菜蕗」の旧字が自筆譜には記されている。2000年の作品)。

Fuki

(松平頼則氏手稿/奈良ゆみ氏所蔵)


(それではまた、次回更新時に)。

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