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2013年4月

2013年4月29日 (月)

わが心の自叙伝―横井和子先生がお書きになったもの 17

わが心の自叙伝 横井和子 第16回

(前項からの続きです)


 やっと私の音楽生活も軌道にのり、生活のめども立ちましたし、東京の弟も回復してまいりましたので、須磨は気候もよく私の手も届きますことゆえ、連れて帰りました。

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(神戸市 須磨海岸)

 

 柳瀬家には阿部勝牧師ご夫妻も居られましたし、皆様に見守られて弟は少しずつ回復してきてよろこんでおりましたのに、(昭和)24年11月1日のこと、さる病院で気胸の治療を受けておりますとき容体が急変して、知らせで私がかけつけましたが間に合わず、既に変わり果てた姿になっておりました。

 
 私は、東京から連れ戻ったことで自分を責めて、涙も涸れ果てるほどでした。
 慈恵医大のお友達がこられて、治療のミスだと思うからこのまま済ませることはないと口々におっしゃいましたが、私はどのようにしても弟の生命が取り戻せるのでないのなら、このまま静かに見送ってやりたいと申したことでした。

 
 須磨教会での告別式には、市来崎のり子様が賛美歌の「主よ、みもとに近づかん」を歌って下さいましたが、涙でお声も途切れがちでしたのを思い出します。

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 私は須磨でのあまりにも悲しく辛い思い出の中で暮らすのに耐えられず、祖母が健康に恵まれておりましたので須磨から離れる決心をいたしました。

 

 柳瀬の大伯母も了解してくれ、富田砕花先生ご夫妻のご紹介で、魚崎(引用者注/神戸市東灘区)の岡田イネ先生のお宅で祖母と間借り生活に入りました。

 岡田先生は寝たきりのお母様のお世話をなさりながら、金蘭界高校の数学の先生としてお勤めを果たしておられ、そのご様子に心打たれつつ長年の間ご厄介になりました。

 

 当時、私は、日本人の作品が出版されず、まして演奏される機会がほとんどないことが残念で、ガスビルホールとABCホールで約10回、東京や関西の作曲家の作品を室内楽を含めてご紹介いたしました。

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(大阪瓦斯ビルヂング 1933年/昭和8年竣工)

 
 赤字続きで、難曲も多く私の演奏もつたなかったことと思いますが、作曲家と演奏者が同じ世代にお互い交流しながら、音を創るよろこびがありました。

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(松下眞一 1922‐1990)

 

 松下眞一様が私のために作曲してくださった曲には、音譜で ”ヨコイ”と記してありますので、その部分をご紹介いたします。

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(この項、終わります。続きは次回更新時に)







 

2013年4月23日 (火)

わが心の自叙伝―横井和子先生がお書きになったもの 16

わが心の自叙伝 横井和子 第15回

八、弟逝く

 当時、私の使っておりましたピアノは竪(たて)形の広田ピアノで、上野に入学する前に購(もと)めたものでしたが、使い古して象牙の部分が反り返ってはがれ、木の肌で指先を痛めながら弾いておりました。

 井口基成先生のご紹介で調律にこられた清水栄一様が「見かねます」と言われて新しいピアノを入れかえて下さり、お支払いを長い間待って下さいましたのは本当にありがたいことでした。

 私の衣類はほとんど、空襲の合間に加古川の農家にもって行ってはお米と交換してしまいましたが、白生地が一反と長じゅばん用の白い木綿のレースが残っていて、イブニングドレスに仕立てて演奏会に着たのを覚えております。

 そのような状態でしたが、自由にピアノが弾ける時が来ただけでも、どれだけ幸せに思ったことかしれませんでした。

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(クラウディオ・アラウ 1903‐1991)


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(アンドール・フォルデス 1913-1992)


 楽譜も手に入らず、外国の演奏家のレコードもなかなか聴けないころに、藤田光彦様のお宅でクラウディオ・アラウのベートーベンやリストの素晴らしい演奏、アンドール・フォルデスのバルトーク全曲等のレコードを聴かせて頂き、現代音楽への意欲をかき立てられた私は、アメリカ文化センターから入手して下さったコープランドのピアノ・ソナタなどを、サロンコンサートで弾かせて頂きました。


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(ベラ・バルトーク 1881-1945)


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(アーロン・コープランド 1900-1990)


また、張源祥先生の解説で、見市様のお宅の畳の部屋にお客様は座られ、ピアノは竪形でしたが、音楽を愛する温かい雰囲気の中で、何度もコンサートを持たせて頂きましたことも懐かしく思い出されます。


 高折先生、井口先生を通じてお頼まれして、出げいこに伺っていた安宅英一様のお宅でもサロンコンサートのほか、クロイツァー先生によるベートーベンの「ソナタ作品53・ワルトシュタイン」と「作品57・熱情」が安宅版として出版されたとき、校正をさせて頂くなど得難い勉強の機会を頂きました。



 相愛女子専門学校の方は、空襲が激しくなって(昭和)19年に退職いたしましたが、22年から市来崎のり子様のお手引きで当時、味原町にございました大阪音楽学校に講師としてお勤めすることになりました。


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(永井幸次 1874-1965)


 永井幸次校長先生はじめ皆様にご親切にして頂き、小橋潔様、小島幸様、当時独身の横井輝男様(よくご夫婦と間違えられ、ご迷惑をおかけいたしました)方と演奏旅行に出、四重唱の伴奏や独奏をさせて頂いたものでした。


(この項、続きます。また、次回に)


2013年4月16日 (火)

わが心の自叙伝―横井和子先生がお書きになったもの 15

わが心の自叙伝 横井和子 第14回

(前項からの続きです)

 赤松家の疎開先の四国に連れて行き、しばらく一緒に暮らして、従姉妹(いとこ)たちと仲良く遊び、皆様になじむのを見届けて、帰ってまいりました。

 別れの日には、母が秋雄を背負って駅まで見送ってくださったのが目にやきついております。

 そして、帰りの船の中で母子連れの方と同室になり、『あきちゃん』という名のお子さんで、その幸せそうな会話をききながら私は神に祈って、胸が張りさけそうな悲しみに耐えました。

 その後、母をはじめ主人の姉ご夫妻・色川幸太郎様(元最高裁判所判事)、百合子様のご厚情のもとに、弟の二郎様、恵美子様の子供として、愛情を注いで秋雄を育てて下さいました。

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(色川幸太郎 元最高裁判事 1903-1993)

 家の事情があったとはいえ、子供を手もとで育てられなかったことを私は、息子にも主人にも、心労をおかけした赤松家の皆様にも心から申し訳なく思っております。


 私が女手一つで育て上げたように言って頂きますことがあり、心苦しくてなりませんので、この機会に大変くどくどと書かせて頂きましたが、お赦(ゆる)し頂きたく存じます。



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(フランツ・リスト 1811-1886)


 戦時中もピアノの音が外にもれますと国賊とののしられたりする中で弾いておりましたが、終戦後はおいおいに音楽界も、BK(編者注/JOBK。NHK大阪放送局)の放送や演奏会などで息を吹き返してまいりました。


 私は東京音楽学校を卒業する時、安宅賞を頂き、昭和17年2月、読売新聞社主催の新人演奏会にリストの「メフィストワルツ」を赤松和子の名で弾いてデビューいたしましたが、23年7月には、私よりずっとお若い神沢哲郎様(チャイコフスキー「協奏曲第1番」)、徳末悦子様(当時田中悦子様、ベートーヴェン「協奏曲第5番『皇帝』)とご一緒に、井口基成先生の第2ピアノで私は、横井和子に復籍してリスト「協奏曲第2番」で再デビューをいたしました。



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(徳末悦子先生が芦屋・山村サロンで会をなさった時の記録。山村サロン「会報」Vol.21)
http://www.y-salon.com/review-vol.21.htm




 その日には色川幸太郎様ご夫妻がお心にかけてくださり、ご来臨いただいて、ありがたくうれしく思いましたことでした。


 その翌年、当時の関響(編者注/関西交響楽団。のちの大阪フィルハーモニー交響楽団)とグリーグの協奏曲を弾く機会があり、はじめて指揮者の朝比奈隆先生と光栄な共演をさせて頂きました。それ以来今日まで、お支え頂いたご恩は言い尽くせぬほどでございます。


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(朝比奈隆氏 1908-2001)
(この項、終わります。続きは次回をお楽しみに)

 

2013年4月 8日 (月)

わが心の自叙伝―横井和子先生がお書きになったもの 14

わが心の自叙伝 横井和子 第13回


七、生別

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(ヨハネス・ブラームス 1833-1897)



 ブラームスのチェロソナタを一緒に演奏できる日を待ち望んだ私たちの祈りはかなえられず、昭和19年2月24日部隊が全滅し、戦死の公報が大分おくれて届きました。

 主人は軍務に精励して陸軍少尉(後に中尉)になっておりましたから、戦場では最も危険な立場だったと思いますが、赤松家の長男として母をはじめ私達のためにどんなにか心を残して逝ったことと、亡くなった状況を知る由もないままにいまだに胸が痛みます。


 いつもにこにこと、ききわけのよい無心な秋雄と年老いてゆく祖母をかかえて、涙の中に終戦の日を迎えました。


 頼りにする弟は慈恵医科大学卒業の直前に肺結核で付属病院に入院し、病室で試験を受けて卒業はいたしましたものの、インターン生活を病床で送ることになりました。

 満員の夜汽車で何度か見舞いましたが、心優しい弟は自分のことは何一つ訴えることなく、かえって私をいたわってくれて、それがわたしには一層辛くてなりませんでした。



 このような状況を赤松の母は見かねられたのでしょう。

 私に、両親が健在であればこんなむごいことは言わないけれども、子供は赤松家で引き取って育てるから安心して渡すように、横井家に復籍して再婚して幸せになるように、とのお話がございました。

 祖母は和子には過ぎた主人と子供が授かったとよろこんでおりましたが、これ以上苦労をかけられる年齢ではなく、後見人をしておりました叔父も亡くなり、弟と同年の従兄弟(いとこ)もフィリピンで戦死いたしまして、病気の弟の世話など横井家のすべてが私の肩にかかってきておりました。


 母の温かいお申し出と分かりながらも、かわいい盛りの子供と別れて再婚することなど考えられなかった私は、富田砕花先生ご夫妻のお宅に秋雄を背負って伺っては泣かせて頂きました。

 富田先生ご夫妻も母方の伯父たちからも秋雄は赤松家で育つ方が幸せだと思うこと、私は音楽の道で生きて行くようにと励まして頂きました。

 理性でわかっても、なかなか決心がつかず悩みぬきましたが、5歳になると親との別れが心の傷として残るとききましたし、4歳半で秋雄をお渡しいたしました。


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(ブラームス「チェロ・ソナタ」第2番)


(この項、次回に続きます)





   

2013年4月 1日 (月)

わが心の自叙伝―横井和子先生がお書きになったもの 13

わが心の自叙伝 横井和子 第12回


(前項からの続きです)

 1月12日に結婚することになり、赤松の母は詩人の富田砕花ご夫妻にお仲人をお願いして下さいました。
 当日は、寄宿舎で励まし合って勉強した下村和子様(当時佐竹和子様)をはじめお友達もかけつけてくださり、宝塚ホテルでささやかな披露宴をいたしました。

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(富田砕花 1890-1984)


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(富田砕花旧居。谷崎潤一郎の旧居の一つでもある)


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(往時の宝塚ホテル)


 入隊までのわずかの日々でしたが仁川の赤松家で、二人でブルッフの「コル・ニドライ」を合わせて母にきいて頂いて、とても喜んでくださったこと、その後入れてくださったお紅茶のおいしかったことなど、つかの間の幸せが胸によみがえってまいります。


 入隊後一年ほどは内地におり、休暇で帰宅したり、私が豊橋や徳島の隊までたずねたりしておりましたが、やがて「一日も早く楽しい日の来たらんことを願っている」という便りを残して戦場に出発いたしました。


 主人は結婚前から、祖母を十分大切にするようにと申してくれており、赤松の母と祖母が大変気が合って、お話がはずんでいる様子を見るのはうれしいことでした。


 出征中は赤松家の好意に甘えて祖母と暮らしておりましたが、夙川の借家も空襲のおそれがあり(後に焼夷弾で焼失いたしました)、祖先の遺品もあることゆえ、再び須磨の柳瀬家に戻りました。
 やがて子供を授かったことが分かり、戦地に知らせると主人から、男の子なら秋雄、女の子なら秋子と名付けてくれと便りがあり、柳瀬の大伯母はじめ皆様のお世話になりながら、主人に生きうつしの男の子を出産いたしました。病院には赤松の母が一番先にかけつけてくださり、いたわって頂いたことが忘れられません。


 戦地から男の子の誕生をよろこんで、寒さに向かうころでしたので、肺炎になどならないようにと便りが届きましたのを最後に連絡がとだえました。


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(旧須磨教会)


 私は、須磨教会の礼拝のオルガンを弾かせて頂きながら、ひたすら主人の無事を祈り、(昭和)17年4月から市来崎のり子様のお世話でお勤めしていた古川橋の相愛女子専門学校の音楽科にも、もんぺ姿で秋雄をねんねこで背負って行き、レッスン中、学生さんに代わる代わるお守りをして頂きながら、続けて通っておりました。


 山田耕筰先生が辻輝子先生の伴奏をされてご自作の歌曲をきかせて頂いたことや、シュナイダー先生の演奏、ご指導の素晴らしかったこと等、御恩の数々が今も心に刻まれています。


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(山田耕筰 1886-1965)

(この項終わり。以下は次回に続きます)





   
 

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