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2013年3月10日 (日)

わが心の自叙伝―横井和子先生がお書きになったもの 11

わが心の自叙伝  横井和子  第10回

(前項からの続きです)

 そのころ、日華事変でそろそろ甘いものが影をひそめかけておりましたが、寄宿舎からお友達と桜木町に『あんみつ』探しに出かけますと、永井進先生が水谷達夫先生とお二人でよく散歩しておられるお姿にお出会いいたしました。

Nagai2  

(永井進氏)

Mizutani

(水谷達夫氏)

 試験の後とか演奏会の後とかでは、必ずお声をかけて頂き励まして下さいました。
 卒業後に永井先生のご門下の受験生が、お父さまの転勤で関西にこられたときなど、ご紹介頂きお手伝いいたしましたが、私にとりまして得難い経験で心から感謝申し上げております。

 小倉末子先生にもかわいがって頂き、賀陽宮様が学校にお見えになりますと私をお呼びになり、お茶をお運びする役を仰せつかりました。先生は丁寧に優しくお作法を教えてくださいまして、私は緊張しながらも幸せな思いでいっぱいでした。

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(小倉末子氏)

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(『ピアニスト 小倉末子と東京音楽学校』 東京藝術大学出版会刊)


 女学生時代から和歌が好きでした私は、国語を担当しておられた風巻景次郎先生のもとで和歌のグループに入っておりましたが、一席を頂いた時のものを、当時の風俗を興味深く思われるかもと存じまして、お目にかけさせて頂きます。

   月のよき 今宵青蚊帳 吊り初めぬ
            麻の香の なつかしきかな

 谷中の墓地には横井小楠の兄の一族のお墓がありますが、小楠が禁酒を命ぜられていたころに、こっそりお神酒(みき)を飲ませてくれたという話が伝えられている兄嫁『清』のお墓が、母と同じ名前でとくになつかしく、私は試験や演奏会の前とか何かつらいことがあると、よくお参りしたものでした。


 母方の親族は、美しく気だてのよかった母を『お清ちゃん』となつかしがって「和ちゃんはお清ちゃんより大分器量が落ちるね」などといいながら従姉妹(いとこ)たちとおそろいのお洋服を作ってくれたり、国技館にお相撲を見に連れていってくれました。

 帝国美術学校の彫刻科の教授であった大伯父など代わる代わる私の出演する学内演奏会に聴きにきてくれました。
 また、祖母から寄宿舎あてに西宮戎のあめなどお菓子が届き、お友達と一緒に頂く楽しさも格別でした。

(この項、終わり。以下は次回に続きます)



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コメント

こんばんは。
記事、興味深く拝読しました。
文中に水谷達夫先生のCDの写真が出てきています。これについて質問させてください。私はこれを中古で手にいれました。
このCDは、発売時には帯の紙はケースの背についていたのでしょうか?それとも、元から背帯は付属しないものなのでしょうか?
発売時の形はどのようなものだったかを知りたいと思ってます。

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