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2012年9月29日 (土)

大田黒元雄著『バッハよりシェーンベルヒ』 その50

後奏の後奏 福澤アクリヴィが『月に憑かれたピエロ』を日本初演したこと

Fukuzawa1


長く続いた「大田黒元雄著『バッハよりシェーンベルヒ』」ですが、今回が最終回です。
その本は日本の洋楽移入の草創期に「作曲家シェーンベルク」を紹介した文献なのですが、現在は絶版の上、電子書籍でも読めないので本ブログで紹介した次第です。シェーンベルクのみならず、フランス近代やロシアの作曲家たちについても本書が日本で(ほとんど)初めての紹介文献だったことが分かりました。


シェーンベルクの音楽を日本で初めて演奏したのは、澤田柳吉というピアニスト。その楽譜を提供したのは大田黒元雄。この詳細は本ブログのはじめの方にあるので繰り返しませんが、日本のシェーンベルク・ファンとしては、日本へのシェーンベルク移入に関しての大田黒元雄の尽力は忘れてはなりません。


あれこれの文献や、ネット上のあちこちを捜しましたが、戦前の日本でのシェーンベルクの音楽の演奏の記録は、『浄められた夜』弦楽合奏版が1936年9月30日、 日比谷公会堂でヨーゼフ・ローゼンシュトックと新交響楽団(現NHK交響楽団)により 日本初演されている、というもののほかは見つかりません。
どなたか他に「日本での戦前のシェーンベルク演奏」をご存知の方は、ご教示頂ければ幸甚です。


戦後の日本初演は、知れる範囲では次の通りです。

『室内交響曲第1番ホ長調 作品9。 1961年8月27日、大阪の御堂会館で、森正と現代音楽祭室内管弦楽団による。
『ペレアスとメリザンド』。1972年1 月12日に、東京文化会館にて若杉弘と日本フィルハーモニー交響楽団による。
『グレの歌』。. 日本初演は、1967年6月15日、若杉弘指揮、読売日本交響楽団他による。
『5つの管弦楽曲』。 日本初演は 1971年12月6日にNHKホールにて、オトマール・スウィトナー指揮、NHK交響楽団による。


『モーゼとアロン』。1970年3月28日に、大阪のフェスティバル ホールにて、ブルーノ・マデルナ指揮、ベルリン・ドイツ・オペラによって行われた(2幕版) 。
1994年1月秋山和慶の音楽監督就任30周年と 東京交響楽団第400回定期演奏会を記念して、シェーンベルク歌劇『モーゼとアロン』(邦人による日本初演、演奏会形式)を上演。


『ピアノ協奏曲』1986年 5月、ポリーニと小澤征爾/新日本フィル。
『管弦楽のための変奏曲』。1974年の朝比奈隆と大阪フィルによるもの。
『ノットゥルノ~ハープと弦楽のための』。2001年8月30日、指揮=沼尻竜典 弦楽=東京フィルハーモニー交響楽団  <シェーンベルク>~没後50年に因んで
 

以上の記録で驚くのは『ピアノ協奏曲』が1986年になるまで、本当に誰も弾いてなかったのか、ということです。ここだけは目を疑いました。まあ、シェーンベルクの作品は滅多に演奏会のプログラムにのらないのは確かで、だからこそ同好の士を募って「私的演奏会」の形で、編曲物を含めてやれれば、という夢を抱く次第です。

Fukuzawa2


さて、ここで取り上げるのは福澤アクリヴィというソプラノ歌手です。彼女は1954年に『月に憑かれたピエロ』の日本初演をしました。8月3日に放送初演。公開演奏会初演が同年10月9日、〈実験工房〉主催の演奏会として山葉ホールで行われています。

〈実験工房〉は1951年に結成された、 日本初の総合芸術的な団体です。
瀧口修造 詩人がグループのまとめ役。園田高弘 ピアニスト。福島秀子 美術家。武満徹 作曲家。湯浅譲二 作曲家。鈴木博義 作曲家。佐藤慶次郎 作曲家。北代省三 美術家、写真家。秋山邦晴 詩人、評論家(主に音楽)。山口勝弘 美術家。駒井哲郎 版画家。福島和夫 作曲家。今井直次 舞台照明、美術家。

以上のようなメンバーがいましたが、『月に憑かれたピアロ』のメンバーは、指揮:入野義郎 ヴァイオリン:岩淵龍太郎 フルート:高橋安治 クラリネット:大橋幸夫 バス・クラリネット:佐藤誠 チェロ:松下修也 ピアノ:川村深雪。そしてソプラノ:福澤アクリヴィ。

福澤アクリヴィさんは福澤進太郎氏(当時慶大法学部助教授)に嫁いだギリシア人ソプラノ歌手で、日本で活躍。福澤幸雄の母親です。この放送初演の録音は幸いCDで聴けます。『美しき星の下に/福澤アクリヴィ』というタイトルです。日本の戦後のシェーンベルク初演の演奏は、ここに初めて記録されています。


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コメント

先日テレ朝かなんかの番組で大田黒邸のピアノをききました。検索したところこのブログにたどり着いたしだいです。
大田黒の著作は「影絵」くらいしか読んでいませんが、横浜市中央図書館でも「貸し出し禁止」。ざんねんです。
ピエロリュネールは、たしか兼常清佐が大正時代にシェルヘンの指揮とかで聴いた、というようなことを書いていたと思います。興味のあるかたは、国会図書館のデジタルライブラリーHPで検索してみてください。

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