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2012年1月

2012年1月 9日 (月)

藝術交響空間◎北辰旅団 第26回公演『奉教の花薫る峠』

藝術交響空間◎北辰旅団 第26回公演『奉教の花薫る峠』 のお知らせ


北野辰一座長の作・演出による芝居『奉教の花薫る峠』が、来たる2012年3月4日(日)に昼と夕方の2回公演で行われます。
キャスト/蓮見己一 防人鼎 山村雅治 三ッ樹零 川原武石 船山ゆん太 鈴川みゑ 牧馬俊美 媛野ユリヤ
(新人)鮫嶋ことね

第1ステージは12時30分開場/13時開演。 第2ステージは16時開場/16時30分開演。
チケットは 前売り2,000円 当日2,500円。
会場は、芦屋 山村サロン。JR芦屋駅前ラポルテ本館3階。
お問い合わせも山村サロン 0797-38-2585 までどうぞ。


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「この物語は、二百五十年間潜伏していた切支丹が、幕末から明治六年にかけて大弾圧を受けた『浦上四番崩れ』の歴史を題材とした禁教令の廃止に至る魂のドラマである」。

「なぜいま、隠れキリシタンの物語を敢えて舞台に上げるのか。それは、人びとの願いや祈りが、これまでの旧い社会観によって、踏みにじられようとしているからに他ならない。いま時代は、地震・津波・原発事故によって、社会転換の分水嶺にさしかかっている。これから求められる豊かさとは何か?幸福とは何か?浦上の切支丹が守り抜いた幸せとは何であったのか?そこには未来に繋がる豊かさの「かたち」がなかったか?いま一度問いかけてみる必要があると思われた。一人の為せることは、所詮微力でしかない。されど、一人の願いや祈りは、その人の世界の重さと等しい。どんな困難にも屈せず、信ずることを成し遂げる様にこそ、人間の限りなく逞しい尊さが存在する。この作品は、東日本大震災による被災者の復興のために、日々闘っている人びとへの応援メッセージでもある。隠れキリシタンの残した歴史の傷痕は、わたしたちの未来を語るに、いまなお新しい」。

作・演出の北野辰一座長は、上の言葉をTwitterにも掲げています。
http://twitter.com/#!/takayukitaka

僕は役者のひとりとして舞台に上がります。皆さまのご参集をお願い申し上げます。

2012年1月 5日 (木)

大田黒元雄著『バッハよりシェーンベルヒ』 その31

第3章 大田黒元雄著『バッハよりシェーンベルヒ』(23)


前回の続き。シェーンベルヒ(シェーンベルク)の項の後半です。

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「凡(およ)そ過去の音楽というものは、既に確固たる評価が附せられて今日に至って居る。そして価値の乏しいものは既に消滅してしまって居る。従って今日我々の知って居る過去の音楽というものは皆優れたものである。それ故カルヴォコレシの云った様に、我々が著名な古典楽曲を貶(けな)そうとする場合には、我々は自然躊躇するが、若(も)し近代の曲、若しくは未だ定まった評価を有して居ない曲に対する時には、極めて大胆に成り、或る時には大胆に過ぎ、無責任に陥るのを例とする。


自分は今日の音楽が過去の音楽に劣るとは信じない。勿論時代の推移に依り、人間の思想の変遷に従って、音楽の有する美というものは変化する。従って今日の音楽の有する美と、過去の音楽の有する美との間には相違がある。


我々は過去の音楽の美を愛し、此(これ)等(ら)の美の創造者に対して、深甚な敬意と感謝とを有するものである。けれども既に時代と思想の変遷する以上、今日の音楽には今日の美が無ければ成らない。我々はデビュシイの如く、ストラヴィンスキイの如き、新しい音楽の美を創造した人を尊敬するが、変化した世にあって、徒(いたず)らに過去の音楽の模倣のみを試み、しかも其(そ)の真髄を知らず、唯(ただ)過去の美の形骸を取って、今日の己れのものとして借りようとする人を憐れむものである。


シェーンベルヒが嘗(かつ)て『何故(なぜ)半神(デミゴッド)と成りたがるのか。それよりも全く人間(ヒューマン)と成った方がよいではないか』と叫んだのは確かに道理ある事だと自分は思う。
彼は少なくも過去を追う事をやめた。彼の前には未来がある。彼は彼の四周の実人生から、其の音楽を学ぶ事が出来る。


シェーンベルヒが将来如何に進むか、それは楽界の最も興味ある問題であろう。彼は既に多くの後進者を有して居る。其の中知られて居るものに、エゴル・ウェレスツ(Egor Wellesz) 、アルバン・ベヤグ(ベルク Alban Berg) 等があり、彼の様な楽風に傾いて居るものに露国(ロシア)のストラヴィンスキイを始めとして、ハンガリイのバルトク(バルトーク Bartok) 、コダリイ(コダーイ Kodaly) 等がある。


要するにシェーンベルヒは今のところあまりに奇に走り過ぎて、混沌たる感じがされるが、彼が一種の不思議な天才である事と、驚くべき独創力を有して居る事は明かである。自分は此の音楽界の新人アーノルド・シェーンベルヒを祝福し、併せて特殊の期待を其の未来に有するものである」。

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以上で、本書の本文部分は終了です。以下、漏れた作曲家たちの名を、短い文章の紹介とともに挙げていきます。それではまた、次回更新時に。

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