「青騎士」について その29 後日談1
『シェーンベルクからカンディンスキーへの最後の手紙」を、この項「その23」から「その28」にわたって紹介してきました。1911年に開始された彼らの文通は、友情と連帯の熱い挨拶を交わしあう言葉に始まり、それは1923年のシェーンベルクからの一方的な絶縁状で終わりました。
カンディンスキーはこの長文の手紙に対する返信を出していません。
シェーンベルクへの手紙は、この後、1928年(5月?)18日にワシリーとニーナの夫婦連名で、ジュアン・レ・パンの「ラ・ジレル」から絵葉書が出されていますが、内容はこういうものです。『出会い』土肥美夫氏訳(みすず書房)からの引用です。
「実際、いずれにせよ『偶然』に運ばれて、わたしたちは同じ地方に来ています。元来はもっと大洋の近くへ行くつもりだったのですが、熱さとここの景色のよさに引きとめられて、ここに滞在しています。あなたとあなたの奥さんがこちらへ訪ねてきてくだされば、いかがでしょう。心からの挨拶を、
あなたのカンディンスキー
ジュアン・レ・パンをご存じですか。ご存じなければ、あなたはぜひ知っておく必要があります。もしわたしたちを訪ねてきてくだされば、とてもすばらしくなるでしょう。そのさいは前もってお知らせください。
あなたのニーナ・カンディンスキー」
『出会い』土肥美夫氏訳(みすず書房)には「往復書簡」のほかにも史料が含まれていて、その他にイリエナ・ハール=コッホの「カンディンスキーとシェーンベルク」という論考が収められています。そこに驚くべき事実が記されています。シェーンベルクとカンディンスキーの仲を引き裂いたのは誰か。アルマです。
「アルマ・マーラー=ヴェルフェル(作曲家マーラー未亡人、画家ココシュカの恋人、建築家グローピウス夫人、最後に作家ヴェルフェル夫人)がカンディンスキー夫妻のユダヤ人敵視について回想録に書いていることは、ばかげており、両者を不和にさせたのは彼女自身だったのである。
カンディンスキーは、シェーンベルクの衝撃的な返信(1923年4月19日付。「その22」参照)を受けとったとき、途方にくれてそれをバウハウスの創立者で当時のアルマ・マーラーの夫であったヴァルター・グローピウスに見せた。カンディンスキーの未亡人ニーナはこう回想している。
『グローピウスはまっ青になって、それはアルマだ、と思わずいいました。かれはすぐさま、かれの妻がその事件を演出したことを理解しました。そしてかれの想像は正しかったのです、それというのもシェーンベルクは1923年5月にかれに情報を提供したアルマにこう書いているからです。≪もし君さえいなければ、ヴァイマルで(カンディンスキーによって)考えられていることをぼくも経験できたことでしょう。≫』
<引用者注:Erwin Stein編の“Arnord Schoenberg・Letters”(カリフォルニア大学)94頁にその手紙が掲載されています。1923年5月11日付。メートリンクから。英訳では“even without your telling me,the way they now think in Weimar.”です。この手紙の直前にカンディンスキーへの最後の2通。カンディンスキーへの全ての手紙が収められているわけではありませんが、シェーンベルクその人の言葉が相手を変えて読める点で、貴重な本の一冊です。>
多年にわたり、アルマ・マーラーは二人の友だちを引き裂き、その状態は1927年の夏までつづいたが、そのときカンディンスキーは妻のニーナとともにヴェルター湖畔のペルチャッハで休暇をすごしていた。
<ニーナの回想>『ある日の午後、わたしたちが湖畔を散歩していると、突然≪カンディンスキー! カンディンスキー!≫という声が聞こえてきました。それはシェーンベルクでした。
かれは、結婚したばかりの妻ゲルトルートといっしょで、夏休み中そこに滞在していたのでした。[……]かつてミュンヘンで友情を結んだ二人の友が、ここにふたたび相まみえたのです。
例のみじめな陰謀については一言も話に出ませんでしたし、二人はアルマ・マーラー=ヴェルフェルが世間に言い触らしたことなど忘れていました。長らく会わないうちに、シェーンベルクも、アルマがあらぬ噂を立てるためにいかがわしい評判を受けていることを、おそらく人伝てに聞き知っていたにちがいありません。』
しかしながら規則正しい手紙のやり取りはもはや行なわれなかった。」
ということですが、再会の夏の翌年、1928年にカンディンスキーから出されたのが、上に紹介した夫婦連名の絵葉書でした。それに対するシェーンベルクの返書はなく、以後はふたたびカンディンスキーから出された1936年7月1日付のフランスからのを最後に、二人の「往復書簡」は完全に閉じられます。
後日談は、まだ必要です。それはまたの更新のときに。
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