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2010年9月 1日 (水)

やたの火祭り

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熊野古道の終点は熊野本宮大社。そこへ至る前日2010年8月28日の夜、宿舎から大社旧社地「大斎原」へ赴き「やたの火祭り」を見ました。

これが凄い。天の舞い、地の響き、人の舞い、という三位が謳われ、「祀り」から「祭り」へ、がスローガン。「炎の神輿・時代行列」「奥熊野太鼓」、そして「熊野やた踊り・やた花火」という三部構成。駆けつけて間に合ったのが「太鼓」の前座の「奉納コンサート」からでした。「やた」は「やたがらす」の「やた」です。

太鼓の律動と野太い響きが終わると「熊野やた踊り」。中高生と思われる女の子の声で「やーたーの、ま、つ、り」の歌が始まると、同じく男の子たち、女の子たちが燃え盛る火の周りに輪になって踊り始める。ボレロと同じく発展のない短い旋律の繰り返しは、やがて高揚し見る者の心を奪い、理性さえ奪い、ついにそこに「神を降ろす」までに。いっしょに見てた娘が「あれ、ふつうの盆踊りとちがう。降霊術や」と。
じっさい、その場の写真を何枚も撮りましたが、ありえないところに光が走っていました。

この生命力が「やたの火祭り」にありました。現代には珍しくなった、生きた「祀り」=「祭り」です。古代からの祭りじゃなくて新しいという。小中高の生徒たちを動員してるから、この祭は滅びない。形骸化も観光化もしていない本物の祭です。


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